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K-1 基調講演

日産GT-R開発者が語る“日本のものづくり”

元日産GT-R開発責任者
水野 和敏 氏 講演者プロフィール

東洋ビジネスエンジニアリングが2014年2月12日に都内で開催したセミナーイベント「MCFrame Day 2014」。会場で、元・日産GT-R開発責任者の水野和敏氏が「世界に勝てる日本のものづくりとブランド創造」というテーマで基調講演を行った。以下にトピックを紹介する。

私が、日産の社長兼CEOであるカルロス・ゴーンからGT-Rの開発について正式に命を受けたのは2003年の12月のこと。どうせやるなら、日本のものづくりの象徴になるような仕事を成し遂げたいとの強い思いに駆られました。何を考え、何を実践してきたのかを振り返りながら、多少なりとも皆様のヒントとなる話ができればと思います。

 70年代のオイルショックの頃、日本車は「燃費がいい」「価格がこなれている」「信頼性が高い」といった評判を得て、海外進出に勢いがつきました。それに続く80年代にしても、実に日本らしいクルマを作っていたものです。例えば、日産のテラノやトヨタのハイラックス。それまでジープみたいな無骨な車種が主流だったクロスカントリーの領域で、SUVという新しいカテゴリーを創り出したのは好例です。マルチパーパスカーの先駆けとなった日産プレーリーもそう。発表直後は“変なクルマ”と言われたものですが、今ではこのタイプの車種も市民権を得て大人気になっているのは周知の事実です。

 当時の日本は、欧米の真似ではない独自製品を世に送ろうという気概に溢れていたように思うんですよ。それが今はどうか。自動車産業のみならず日本の製造業全般が、特に2000年以降になって勢いを失っているなんてことが世間で騒がれている。いったいどうしたのだろう。背景に何があるのあろう。それを探り、日本本来のものづくりに回帰するんだという思いも新たに、GT-Rの開発プロジェクトの指揮を執ることになりました。

 さて、メイド・イン・ジャパンという価値をあらためてどう創り、どう訴えるか。そこで大事になるのは、海外発祥の最先端のマーケティング理論やマネージメント手法を採り入れることではない。とにかくものづくりの本質的なことを究めることを忘れちゃいけないんだと心に誓ったものです。そう考えるに至ったのには、過去の“ある経験”が大いに影響しています。

レースチーム運営で痛感した「本質」の重要さ

1989年のこと。私はレース参画などを担っている関連会社のNISMO(Nissan Motorsports International)に出向となりました。耐久レースのチーム監督兼チーフエンジニアというポストです。派手に聞こえるかもしれませんが、当時の日産チームはというと連戦連敗。それまでスカイラインなどの部隊で設計を担当していた身からすると、正直言って左遷されたような気分でした。何しろ、その年に勝てなかったら、解散して他の常勝チームに吸収させるなんて話が出てたぐらいですから。

どうしたものか。私は耐久レースとは何ぞや、という本質をじっくり考えてみることにしました。勝つのに必要なことは何だろう? とてつもなく速いクルマを完成させることだろうか? いや、それは違う。仮に1000km走り続けるとしたら、誰が一番効率よくレース運びをできるかってことなんじゃないだろうかと思い当たりました。

高速で長時間クルマを走らせると、タイヤがすり減ってグリップしなくなるし、ブレーキもスカスカに抜けるようになってしまう。ショックアブソーバーも熱でへたってくる。当然、必要に応じてレースの途中でパーツ交換が必要です。つまり、クルマの性能をいたずらに追求するのではなく、相応の基本性能を踏まえた上で、ピット作業やドライバーへの的確な指示などを含めた“レースマネジメント”全体を最適化することこそが勝利への近道だと考えたのです。

ポルシェ、ベンツ、ジャガー、トヨタ…。いずれのチームも250~300人体制で、年間予算40億~50億円って単位で臨んでいる。そんなチームのやり方をベンチマークして、いわばコピーのようなことをしても、いいとこ万年3位ぐらいにしかなれないのでは。全戦全勝を狙うなら、他との比較なんかじゃない。まったく新しい発想でやらなきゃダメなんだ。だからこそ、各社がマシン性能にしのぎを削るのを尻目に、「効率の追求」で勝負することに軸足を置いたんです。

 それで、最初に何をやったかというとデータの収集と分析です。4人の専任チームを設けて、レースに関わる、ありとあらゆるデータをかき集めてみる。テストだろうが本番レースだろうが、自分のチームだろうが他のチームだろうが、およそ考え得るデータというものをDBに蓄積し、「効率」という視点で分析してみるんです。今でこそ当たり前だけど、車体各所にセンサーを取り付け、テレメータで飛ばすなんてことをやり始めたのは、おそらく初めてだったんじゃないでしょうか。

すると色々なことが見えてくる。詳しくお話する時間がないのが残念ですが、例えば1年後のレース展開の予想がつくんです。雨が降る確率だとか、アクシデントでペースカーやレッドフラッグが出る確率なんかまでも勘案。優勝タイムは「6時間30分27秒」だというような推定値が出てくるんですよ。

この数字を弾き出せれば、後は、そのタイムを実現するのに適した性能のクルマを作り、あるべきレースマネジメント手法を考え、具体的な作業を支えるチームを組織すればいい。オーバースペックのモンスターマシンの具現化に心血を注がなくてもいいんですよ。嘘めいた話に聞こえるかもしれませんが、実際に92年にはデイトナ24時間など数々のレースで優勝を果たしました。しかも、予算も人員も圧倒的に少ない体制ですよ。本質を突くって、こういう話だと思うのです。

常識や習慣をゼロリセットして新たなGT-Rを創った

話が横道に逸れてしまいました。要は何が言いたかったかというと、ものづくりには、世の中で常識とされることや、経営管理の最新メソドロジーなどに流されず、本質を見極めることがとても重要だということです。別の表現をするなら、自分が何をやりたいか、何をやるべきなのかという根本的な視点を欠いては絶対にいけないということです。

先のNISMOの話でも、先に本質的見解があったからこそ、ITを使ったデータ分析が活きてきたんです。ところが昨今、前段の本質論がないまま、データをこねくり回すような議論が横行してませんか? 自社商品のブランディングのためにクラスター分析を試みるとかね。手法そのものは有益なものでしょう。でもね、顧客にとっての真の価値は何なのか、それを商品として具現化するにはどうするか、肝心な議論がないと空転するだけなんです。

GT-Rの開発においては、スーパーカーとしてのトップブランドを創り上げようとのビジョンを掲げて臨みました。顧客が絶対的な価値を感じて、本当に気に入る商品(クルマ)であれば、価格っていうのは後付けなんです。つまり消耗品のように、徹底的に他社製品と価格を比較し、クオリティもある程度妥協して買うという、魔のサイクルに巻き込まれない製品を目指すというわけです。

高級品っていうのは、“時間軸”で考えた時に、ある年数が経った時点で価値が急落するものであってはいけない。5~6年もすれば査定額がゼロ円になっても仕方ないなんて発想でいては良いものは作れないんです。スーパーカーだから壊れやすいのは当たり前、富裕層がオーナー対象者だから、それも許されるなんて言い訳が通用すると思ってもいけない。うっとりするような価値を詰め込み、性能面や品質面でもハイレベルの信頼を獲得する。常識や先入観ってものを排除して取り組まなければ、そんなマシンにはなりません。

車重は軽い方がいい、エンジンは馬力がある方がいい、前後の重量配分は50:50がいい…。スポーツカーの世界でよく言われることを、私はゼロリセットして考えました。だって、ボディが軽すぎたらタイヤが空転して煙吹くだけだし、いくらエンジンパワーの最大値が高くても低回転時にもたつきがあったら楽しい運転はできないですからね。重量配分にしたって一律で考えてはいけない。加速するとき、ブレーキングのとき、コーナリングのときなど、それぞれに最適値があるはずです。

私は、本質的な観点で熟考してみました。クルマというのは、アスファルトの地面をゴム製のタイヤで駆っているわけで、グリップ加重の最大効率点定数を常に最適に管理すれば運動性能は抜群に良いものになるはずなのです。例えば、加速時は後ろに重さがほしいし、ブレーキの時は4輪均等にほしい。カーブにおいては初期は外輪、末期は後輪ってな具合で要件は動的に変わる。そうした本質論から“逆算”してメカニズムを考えるのです。

エンジニアとしては、実装した技術を次々と列挙したいところですが今日の本題ではないので割愛しましょう。大事なポイントとしては、あえて1700kg台の重いクルマを作り、重量配分にしてもフロント54:リア46という、およそこれまでの常識から外れるスペックのものを完成させました。でもね、運動性能については自信が持てましたし、それはすでに各所で実証されてもいます。

売った後のことも含めた製品のライフサイクルについても他とは違うアプローチを採りました。GT-Rは「イヤーモデル」制で、毎年新しいモデルを市場投入する。メンテナンスにしても、不調だから整備に持ち込むという発想ではなく、高性能を維持するためのポジティブメンテナンスを考え方の中心に据えました。

開発体制の話にも少し触れておきましょう。昨今の自動車開発プロジェクトにおいては、クルマを構成するパーツ単位に担当部門がことに当たるのが一般的ですが、GT-Rでは各部門から人員を集めて「開発チーム」を組織したんです。作るべきクルマについてのビジョンを共有するためでもありますし、担当部門の都合ばかりが横行するのを避ける狙いもあります。チームが一丸となるために、ドイツのニュルブルクリンクで定期合宿などもしました。

すべてはね、GT-Rという新しいブランドを築くための施策なんです。例えば今までのやり方で何が起こっているかというのを考えてみます。販売価格100万円の商品を作ろうという話になったときに、「では原価は60万円ですね」となる。設計も営業も工場担当者も、そして社外の部品メーカーさんも、みんな原価60万円をゴールに動いて、それを100万円で売ろうとしている。すべてをお客さんはお見通しで、「それで値引き額はいくらなの」という話となり、結局は他社も含めたディスカウント合戦が展開されることになってしまうのです。

私がやりたかったのは、100万円をゴールに据えるとしたら、「Aくんは予算20万円で考えてみてくれ」「B部署は30万円ね」というように、ある程度の配分をしておき、「顧客が100万円のものを買ったときに最高の思いをするような創意工夫をしてほしい」とお願いすることです。つまり、原価に囚われるようなことはしたくない。お客さんに、「これが100万円で買えるんですか」と言ってもらえるような夢ある仕事がしたかったのです。

自動車に限らず、ものづくりの醍醐味ってそこですよね。他社との比較の俎上に乗るんじゃなくて、“驚き”の領域で勝負するってこと。GT-Rプロジェクトで、そのことをあらためて強く感じました。

コスト競争という消耗戦からの抜本的脱却へ

製造業のグローバル展開って、海外に工場や販社を構えて「製品を売りに出る」ことを想記しがちですが、これがすべてではないと思うのです。海外のお客さんが日本製品に価値や魅力を感じて「名指しで買いに来る」というのも立派なグローバルでのビジネス。日本のものづくりが回帰すべき1つの方向性は、この「名指しされる」製品をどのように世に出すかということではないでしょうか。

もちろん、製品のカテゴリーや特性によっては、理想論ばかり言っていてもしょうがないことは分かります。でもね、それで会社に明るい未来はあるか、その仕事をやっていて皆ワクワクするか、ということを真剣に考えなければなりません。中国やアジア各国に工場を建設し、現地の人を雇用して、モノを製造する。これはグローバル展開というよりも、単なる生産移転です。世界中の競合他社と同じアプローチだとしたら、本社を構える日本の税金やインフラコストを考えると不利な面も多い。コストを抑えることだけを考えていては、メイド・イン・ジャパンの強みは訴求できないのです。

こいつはクールだ、素晴らしい、ユニークだ…。人の琴線に触れ所有欲をくすぐることができれば、価格など二の次なんです。日本のものづくりは、その繊細さや品質、顧客思いの発想などで元来、強かったはずなんです。原点となる発想がとにかく豊かだった。それこそ、日本の力です。

顧客の嗜好とか選択の自由を鑑みながら、価値ある商品に仕上げる上での源泉は、作り手側のたくましい想像力。言い換えれば、関係者の頭の中にあるイメージを、みんなで喧々諤々議論しながら膨らませていく過程にあります。例えば「60歳で仕事をリタイアした人が、一週間分の荷物を詰め込んだラゲージを乗せてスペインからドイツまで旅する時に最もマッチするクルマとは?」なんてことをベースに意見を戦わせる。感性の共有です。

日本では古くは職人の徒弟制度などで、自然と感性の共有が試みられていた気がします。ドイツのマイスターなどもそうかもしれません。サッカーや野球といったスポーツにおいて、重要な局面で選手が円陣を組むのも、私には感性の共有に映ります。思いを頭の中に生き生きとイメージし、それに近づく方法を腑に落とす。未来に価値を創っていくという上では欠かせないことです。

そんな大切な取り組みを見失いがちになっている背景の1つが、何かと数字を積み上げて議論しようとするマネージメント手法の横行だと個人的には感じています。過去のデータを分析して正解を導こうとしたり、他社のやり方をベンチマークしたりといったこと。社内の会議をつつがなく進める上では確かに便利なこともあります。「過去の傾向によると…」なんて話をすると、もっともらしく聞こえるし、誰かが責任を負うということにもなりにくい。しかし恐ろしいのは、決議した先に顧客ニーズもマーケットもなかったということが起こりうるということです。

例えば米国のような他民族国家だと、1人ひとりの育ち方や宗教観念などが大きく異なります。価値観が異なれば、感性という共通項で仕事を進めるのが極めて難しくなり、そこに自ずと、パフォーマンス管理というか、端的に言えば“工数管理”のようなアプローチが生まれてきたように思うのです。そのやり方を、疑いもなくそのまま日本に適用し、効果があると思い込んでいる節がある。

「あ・うんの呼吸」や「おもてなし」といった言葉が象徴するように、日本は古来から、相手のことを考えて、キメ細かく行動することが得意だし美徳ともしていたはず。だったら、その強みを仕事の進め方にも充分に活かすことが大事なのではないでしょうか。何でもかんでも数値に落とし込んで事なかれ主義で意志決定するのではなく“能数”管理ともいうべき、個人の想像力をかき立て、それが実を結ぶような仕事に積極的に変えていくんです。リスクを取ることさえ楽しむ気概がないと、閉塞感は抜け出せません。

仕事のストラテジーというか進め方でアウトプットは変わるものと信じたい。繰り返しになりますが、過去のデータばかり追いかけても未来は語りきれない。数売って製品や会社の知名度を上げるんじゃなく、価値でブランドを創っていくんです。未来は皆さんの頭の中にあります。本質に立ち返りましょう。確固とした信念なり戦略があれば、ITは必ずや味方してくれるのです。そこに立脚して、日本のものづくりで再び世界をあっと言わせましょう。

※本レポートは、IT Leaders様のご提供によるものです

講演者プロフィール

元日産GT-R開発責任者
水野 和敏 氏
1952年長野県生まれ。
1972年に日産自動車に入社。
1980年代は車両のパッケージング提案と車両計画設計をし、初代プリメーラ(P10)やスカイライン(R32)、初代セフィーロ(A10)等を担当。

1989年にNISMOに出向し、グループCカー耐久レースのチーム監督兼チーフエンジニアに就任。デイトナ24時間レースやル・マン24時間レースなどを戦い、デイトナ24時間レース総合優勝、国内耐久選手権3年連続チャンピオンを獲得。

1993年に日産自動車に復帰後は、1997年からFR-Lプラットフォームの新規提案と開発責任者、2000年から車両開発主管としてスカイライン(V35)やフェアレディZ(Z33)、FX(FX35)等の新規提案と開発責任者を担当した。

2004年以降は、カルロス・ゴーンCEO 直轄のもと「ミスター・GT-R」として 企画、開発、生産、営業、収益、品質、新規販売網展開等プロジェクトに係る全ての統括&実行責任業務に従事。

2013年3月末に日産自動車を定年退職し、現在は人材創造活動[「生きる力」プロジェクト ]の主宰、企業力&人材育成の講演やセミナー、出版、ラジオ&テレビ出演、自動車媒体試乗&執筆、その他各種媒体取材対応など幅広い分野で活動中。

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